文字で読む高座
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桂 枝雀
『桂枝雀のらくご案内―枝雀と61人の仲間』
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古今亭 志ん朝, 齋藤 明
『志ん朝の風流入門』
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61“人”はそれぞれが章立てされており、各々前半が落語の粗筋、後半に随筆、という構成です。
私は実は落語を聞いたことは有りません。が、それでもネタとしては結構知っているものも多かったです(小さい頃読んだ吉四六話とかで出て来たものも)。
ただ、やっぱりこういうものは、実際に高座を聴いてこそ味があるものなんでしょうね。ただ粗筋をなぞるだけだと、それ程面白いとは思いません。
お芝居や映画のシナリオも、それを読んだだけだとさほど面白いとは思えないのに、いざ上演・上映されてみると報復絶倒、って経験、ありません?
もっとも、同じようにト書き形式で読み進んでいくTRPGのリプレイはその形式でこそ面白い、というのがあるので、面白さというものにも様々なスタイルがあるのだなぁ、と。
『酔っ払いのお手軽な演じ方』とか。
まず第一に、ロレツがまわらなくなる。
第二に、ものがはっきり見られなくなるので、その分だけ逆に一点を時々ジーッと見つめようとする。
第三に、自分の体の力が脱けていくわけですから、重力に従って姿勢が低くなっていく。
以上の三点に留意されますと、あなたも酔っぱらいになれます。……
『風流入門』(もとは日本語高座)とあるとおり、春から始まって四季折々の風物を、味のある“日本語”と“邦楽”を交えて描写していく、といった趣向のものです。
語り口も『~しますってぇと』『~ですな。』といった感じで、軽妙に綴られておりますし、さすがは言の葉が命の職業なだけあって、ついつい引き込まれて読み進めてしまいます。
でも、人が蘊蓄を語るときには、そこはかとなく得意げな感じが漂っているものですが、独特の語り口により中和され、巧みにシャレや小話等をはさみ込むことで、嫌みに聞こえないところも好感が持てます。
皺がよっては若水にならないねぇ、絶妙ではありませんか。
若水とは、正月早々に汲む井戸水や川水なんかのことですな。……ただ、若水を汲むには、微妙なタイミングがあった。
手広く商いをやっている店の番頭さん。年男になったので……丁稚の芳どんに手桶を持たせて、清らかな流れにやって来た。……ややあって、吹いていた風がおさまったと見るや、手桶でさっとばかり川水をすくいあげた。
「ねえ、番頭さん、どうして川の風が止むまで待っていたんです?」
「川風が吹いていると、川に皺が寄っているだろう。皺の寄った水は、な、若水にはならねぇんだよ」
目についたところから読むもよし。
また、全部読み終えた後も、気が向いたら気紛れに頁を繰ってみると、また違った味わいがあるかも知れません。
2006/09/11(月) 22:31 | 固定リンク
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