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2010/11/20

もし、思考が映像化される装置が出来たら…

ドラえもんの道具に『テレパしい』というのがあった
自分の考えの全てが人に知られてしまうのは嫌だけれど、でも、機能がちょっと修正されれば便利かも知れない、と思った記憶がある。
具体的には、自分が今まさに話そうとしたことを、自分の口を動かすことなく、道具が代弁してくれれば楽だなぁ、ということだ。

このエピソード一つ取っても、自分がそのころから筋金入りの面倒くさがり屋だったのは明らかだ。
でも、実は結構多くの人が似たようなことを夢想したのではあるまいか。
現在、自分の考えを表現する手段は、口や手や身振りを使って表現するしかないが、これは口や手などの動き(例えば発話やタイピング)以上のスピードで伝えることは出来ない。

確か、故中島らも氏のエッセイで『頭の中に既にあるものを、手を使って原稿にするのが苦痛だ』のようなことを書いていたし、塩野七生氏の著作でも『読むのと同じ速度で書けたら…それは作者共通の夢だろう』といったことが書かれていた気がする。

もし、『テレパしい』と同じような機能を持つ装置ができ…これが遥かに進んだ形として、表現しようとした事物を、音も伴った映像として他者に送れるようになったとしたら…果たして、使わずにいられるだろうか?

多分、使うかどうかの決め手は、出力がどのように制限(フィルタリング)されるかにある気がする。
装置側で『これは外に出してよい、これはダメ』という判断を行なうのか、または、人間が表現する直前の情報を読み取ることが可能な部分が既に脳内にあって、そのまま読み取り出力するだけとなるのか。

要は、本人が外に出したくない、と思うものは、決して外には出ない…最低限これは守られないと、使う人は極めて限定されてしまうだろう。

なんという名前だったか失念してしまったが、「思考内語」を全て口に出してしまう症状がある。
ということは逆に言えば、「思考内語」を「口語」や「文語」等に変換するフィルタが、標準的には脳内に備わっているのではないのか。
その言語フィルタと、映像に関する同様のフィルタとが解明されれば(ふたつは実は同じものなのかも知れないし、全く異なるものであるかも知れないけれども)、先のような装置が発明される未来も遠からず、といったところではないのか、などと夢想するのである。

もっとも、仮にフィルタ部分が見つかったとしても、その前の「思考内語」や混沌とした表現といったものまで検知できてしまうようになるであろうから…実用化には多くの困難が予想されるが。

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