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2010/11/04

肩凝りを真にわからない人々は、存在する

肩凝りを『わからない』人には、二種類居る。
本当に、まったく肩が凝っていない人(ただし、他人の肩を揉んであげるなどの経験を通して、知識として“知って”はいる人も居る)と、肩が凝ってはいるのだが、それが『肩凝り』というものだと認識出来ていない人、の二種類。
後者の場合、理解してもらうのは比較的たやすい。ちょっとマッサージしてあげれば、すぐにわかってもらえる。
ただし、うかつに「こうやると気持ちいいでしょ?」などといってマッサージしてあげると、「いままで知らなかったのに、これからどうしてくれるんですかっ?!」などと逆恨みされることもあるので(体験談より)、要注意。
問題は、前者。(真の意味で)肩凝りをわからない人には、この辛さが、どう頑張ってもなかなか理解してもらえないのが、ちょっと哀しいところ。
ああ、他人とは所詮わかりあえるものでは無いのか…でもそういう物だと割り切っていないとやってられないしねぇ。
それに、わからないなりにも理解しようとしてくれる人もいて、そういうときの気分は、悪くはない…たとえ、肩をもんでもらったときの力加減やポイントが全くずれていようとも。
自分は、祖母や父、叔父がひどい凝り性だったので、小さい頃から肩たたきや肩・背中・腰もみ、腰踏み・足踏みなんかを日常的に頼まれていた。なので、『凝り』というものが身近だったし、どういうものかの知識もあった。
そして、訪れる、中学時代。
思えば、小学六年生で急に視力が悪くなったのが間接的に影響していそうな気もするが、急に首や肩がやたら凝るようになってしまったのだ。
若い美空で、おばあちゃんに肩を揉んでもらい、その気持ちよさと「あ~、極楽極楽」というボキャブラリーも増えてしまう、という経験をした。
大学時代には、人の肩を揉んで“自分用の”マッサージスキルを上げる、ということも半ば日常的にやっていた。
そのときに衝撃だったのが、本当に『凝り』というものが存在しない人が居た、ということ。
その人は拳法の一種をやっているということだったが、同じように体育会系の人であっても凝りが酷い人はいくらでもいたので、やはり遺伝というか、もともとの体質の占めるウェイトが大きいのではないか、という気はする。
一時期、半年ほどほぼ毎日のように通っていたスポーツクラブでも、柔軟や器具、マッサージなどといろいろと試したけれど凝りが軽減されることはほとんどなかったし…。
そんな私が、 の中の『ほぐれゆく私』に激しく共感と嫉妬(この場合、ほぐしてくれる相手がいること)を覚えたとしても、無理からぬ事であろう。
今でも夢想するのだ…凝り性が治らないまでも、凝りをほぐして楽にしてくれる、パートナーがいずこかから現われることを。
まぁ、それがこれだったらいいな…と思いながら、毎日使いたおしているのだが。結果は…また、いずれ書くかも知れない。

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